でjaう゛


「・・・そぉかなぁ? 砂沙美は美紗緒ちゃん凄いと思うけどなぁ・・・」
「そんなこと無いよ・・・ホントただの偶然だよ」
いつもと同じ帰り道。
砂沙美は少し不満そうに話し、美紗緒は遠慮しがちな表情で笑う。
歩みを進めながら、くるっとまわって後ろ向きに歩きながら空を見上げる。
「砂沙美、偶然とは思えないけどなあ」
「もう・・」
砂沙美は後ろ向きのまま歩みをすすめている。
小さな十字路。
そこに差し掛かった時の事だった。
「砂沙美もそんな風に・・・」
「あ!!・・砂沙美ちゃ・・」
美紗緒の声が届く前に・・・鈍い音と稲妻のような光が美紗緒の眼前に走った。
「砂沙美ちゃん!!」

「砂沙美ちゃん・・・砂沙美ちゃん・・・しっかりして・・・砂沙美ちゃん!!」
道路に倒れ込んだ砂沙美の姿に、美紗緒は声を上げる。
駆け寄って抱き上げた体には、もうすでに力がない。
「砂沙美ちゃん・・・砂沙美ちゃん!!!」
涙混じりの叫び声・・・。
「やだ・・・わたし・・・こんなの・・・」
首を振ってみたところで、砂沙美はピクリともしない。


通行人が集まりだしているが、誰一人何もできない。
誰かが呼んだのだろう・・・救急車の音が聞こえてくる。
「砂沙美ちゃん・・・お願い・・・おねがい・・・おねが・・・」
涙が止まらない。
砂沙美の額からは血が流れ、体のあちこちに傷が見える。
「いやぁ・・・どうして・・・わたし・・・」
美紗緒の体の震えが止まらない・・・。
がたがたと震えが波のように迫り、歯がかちかちと音を立てている。
その時。
「・・・み・・・みさ・・お・・・ちゃ・・・・」
砂沙美が弱々しく声を漏らした。
その声は雑踏に消えてしまうほど弱い。
口を開いた途端に口元からは鮮血がしたたり落ちる。
「砂沙美ちゃん!!・・・砂沙美ちゃん!!・・・・どうして・・・」
美紗緒は泣きつくように砂沙美を抱え込む。
腕にも・・・体にも・・・べっとりと砂沙美の血が付いている。
「みさ・・・おちゃ・・ん・・・聞いて・・・」
砂沙美が力を振り絞るように語りかける。
「だめ・・・しゃべっちゃ・・・砂沙美ちゃん・・・もうだめ・・・」
涙を流しながら美紗緒は顔を大きく振る。
「みさお・・ちゃん・・・こんどは・・・つぎは・・・」
それでもしゃべり続ける。

そして「こころ」にその一言が響いた。

『・・・・わすれないで・・・・』

そう言うと、砂沙美の体から最後の力が抜け落ち、美紗緒の腕にふっとその身を預けた。
「砂沙美ちゃん?・・・砂沙美ちゃん?・・・砂沙美ちゃん!!!」
笑顔をみせたままに・・・・。
「うそ・・・・うそでしょ・・・砂沙美ちゃん・・・・砂沙美ちゃん・・・・・」
だらんとした腕にその力はない・・・艶やかだった髪からもその輝きが失われていた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「・・・・ぁぁぁぁぁぁ!!!」
がばっ
窓からは、晴れた朝のさわやかな日差しが差込、鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
机の上には、昨日の宿題と図書室に返却する本が数冊置いてある。
その横には、学校の制服がきちんと架けてあった。
「・・・ゆめ・・・夢なの・・・」
顔に触れ、驚いて手を引いた。
「!」
汗に顔が濡れている。
顔だけではない。
全身が汗でぐっしょりと濡れていた。
立ち上がろうとすると、異常なまでの脱力感を感じる。
そして、鏡を覗くと・・・髪は乱れ、妙に疲れ切った表情の美紗緒が居た。

時計を見ると、いつもよりも1時間ほど早く起きている。
そこで、シャワーを浴びて髪を整えてから家を出ることにした。

美紗緒はシャワーを浴びるのが好きだった。
綺麗好きだと言うこともあるが、それだけではない。


現実の世界と自分を引き離してくれるような感じがするから・・シャワーの温かい感じ・・・冷たく凍えた美紗緒のこころをゆっくりと包み込むように温めてくれる・・・。
体を流れる雫のひとつひとつが、美紗緒の体からこころへと染み込んで、溶けだしてしまうよう・・・・・そんな感覚が好きだった。

長い髪にドライヤーをかけながら時計を見ると、後20分しかない事に気が付いた。
「いけない・・・砂沙美ちゃんとの待ち合わせに遅れちゃう・・・」
急ぎがちに身支度をしながら、「前にもこんな事あったかな?」と内心微笑んでいた。
ヘアバンドをして鏡を覗くと、さっきまでとは違った美紗緒の笑顔が居た。

「いってきます」
誰もいない部屋に挨拶をすると、美紗緒は戸締まりをして家を後にした。

「おはよう、砂沙美ちゃん」
「おはよ!美紗緒ちゃん」
美紗緒はいつもの時間より少しだけ遅れて待ち合わせの場所に着いた。
いつもなら美紗緒が待っている方なのだが、今日は砂沙美のが先に待っていた。
そして、いつものように歩き出す。

「今日は美紗緒ちゃんが居なかったから、病気なのかと思って心配しちゃった」
「ごめんね砂沙美ちゃん」
微笑みながら頭を下げる美紗緒の髪から、ふわっとさわやかな香りがなびいてゆく・・。
「あ、美紗緒ちゃんの髪いい香り♪」
砂沙美が気が付いて、美紗緒の髪を眺める。
「朝・・・髪が乱れてたからシャワー浴びてきたの・・」
照れくさそうに顔を赤らめながら美紗緒がつぶやく。
「あ、それでいつもより遅かったんだ☆」
「うん」
砂沙美は美紗緒の髪を歩きながら眺め続ける。
「ほんと、美紗緒ちゃんの髪って綺麗でいいなぁ〜私なんかなぁ〜」
そう言うと砂沙美は、自分の髪をぴょこぴょこ引っ張って戯けてみせる。
「そんなこと無いよ・・・砂沙美ちゃんの髪だって綺麗だよ」
「そうかなぁ?」
「そうだよ・・・それに、この前も同じ事言ってたじゃない」
美紗緒は笑顔でこたえた。
「え!?砂沙美そんな事言ったっけ?」

キーンコーンカーンコーン・・・・

学校の予鈴が聞こえてくる。
「え!?もうこんな時間なの?美紗緒ちゃん急がないと」
「う・・うん・・・」
美紗緒は内心、何かおかしいと気が付き始めていた。

「いやぁ〜砂沙美遅刻するかと思ったけど、間に合ったね〜」
鞄をおろして席に腰掛けると、上気した表情で砂沙美がにっこり微笑んだ。
「そ・・そうだね」
力無い返事をしながら、美紗緒は頭の中でページをめくるかのように、「何か」を思いだそうとしていた。
・・・なにか・・・おかしいの・・・なにか・・・気になるの・・・
「河合さ〜ん!」
その時、時間ぎりぎりに教室に飛び込んできた砂沙美たちに注意しようと、委員長の映美が言い寄ってきた。
「あ・・・」
その様子を見て美紗緒は、はっとした。
こころの中に風が立ち、1ページ、また1ページと次々ページがめくれ出す。
「どうしたの美紗緒ちゃん?」
いつもとは違う表情の美紗緒に気がついて、砂沙美が声をかける。
美紗緒はいつもよりも力無く、人形のような表情で呟く・・。
「映美ちゃん・・・転んじゃう・・・」
「え!?」
そんな間にも映美は声を上げている。
「二人とも先生が来て無くても、学校に来る時間が・・・きゃぁっ!」
机をよけたつもりが、机の脚に足を引っかけて映美はものの見事に転んでしまった。


「もう!こんな所に机を置くのは校則違反で〜す!」
めくれたスカートを隠すように、ぺたんとその場に座り込んで声を上げている。
クラス中が笑いに包まれる中で、二人だけはきょとんとその様子を眺めていた。
「ほら・・・やっぱり・・・」
「え?・・・え?・・・え!?」
美紗緒はぽつりと呟いたが、砂沙美は何がなんだか判らずに、映美と美紗緒の顔を交互に見つめるだけだった。

キーンコーンカーンコーン・・・・

あっという間のお昼休み。
給食を食べ終わると、二人はいつものように屋上に上がっていた。
お昼休みの屋上は、あまり人の来ない二人の特等席のような場所だった。
「・・・で美紗緒ちゃん・・・この後のことも・・・わかるの?」
「うん・・・何となくだけど・・・」
二人の髪がかすかに揺れる・・・空は青く澄み渡り、風も穏やかで日差しが温かい。
「じゃぁ・・・5時間目の算数のテストの結果も?」
なびく髪を抑えながら美紗緒は呟く。
「うん・・・砂沙美ちゃん・・・私より点数が良いよ」
「えっ・・・まっさかぁ〜」
砂沙美はそう言いながら頭をかいて笑った。

午前中もいくつかの事を美紗緒は予見していた。
美星先生が遅刻してきて、1時間目が自習になったこと・・・鷲羽先生が実験室で騒動を起こすこと・・・そして、このはと広人が喧嘩をするが給食の時に仲直りをすること・・・。

「でも・・・どうしてわかるの?」
「うん・・・わたしにもよくわからないの・・・でも・・」
「でも?」
「夢で見たような気がするの・・・前にも・・・前にも同じ事があったような気がするの・・・」
美紗緒は少しかげった表情で話した。
「じゃあ、ずーっと先のことまでわかるの?」
砂沙美の質問に、美紗緒は首を振る。
「ううん・・・あとは、この後ののテストの結果の事と・・・」
「テストの結果と?」
「・・・あと・・・何かあると思うんだけど・・・よくわからないの」
美紗緒は少し苦しそうな表情で頭に手をあてる。
「とても・・・とても大事なことのように思えるんだけど・・・思い出せないの・・・」
そんな美紗緒を見て、砂沙美は優しく声をかける。
「美紗緒ちゃん♪」
美紗緒が顔を上げる。
「そんな考え込んじゃダメだよ・・・美紗緒ちゃん元気元気♪」
砂沙美はにっこり笑ってポーズを決める。
「うん・・・そうだね」
美紗緒もにっこり笑った。

キーンコーンカーンコーン・・・・

ちょうどその時に、午後の授業の予鈴が鳴った。
「あ、もうこんな時間なの?
 美紗緒ちゃん行こ!」
「うん」
美紗緒は笑って見せてはいたが、やはり思い出せない「できごと」が気にかかって仕方がなかった。

「え・・・・砂沙美・・・・ひゃくてん・・・」
クラス中が拍手に包まれた中で砂沙美がテストを受け取る。
受け取る砂沙美は、ぎこちなく笑っている。
テストの結果は、美紗緒の言ったとおり砂沙美の方が点数が良かった。
美紗緒は98点、砂沙美は100点だったのだ。
「砂沙美ちゃんすごいね」
「ホントだ・・・美紗緒ちゃんの言ったとおりだ・・・」
砂沙美は自分の点数もさることながら、美紗緒の予見の方に驚いていた。

「じゃ、今日はここまでで〜す」
美星先生の気の抜けた声にあわせて、映美が号令をかける。
「きり〜つ、きをつけ〜、れい!」
今日も学校が終わった。

「ねぇねぇ美紗緒ちゃん」
「なに?砂沙美ちゃん」
帰り道、歩きながら砂沙美が話しかける。
「ホント今日の美紗緒ちゃん凄いよね!」
「そ・・・そうかな?」
「そうだよ!
 だって、美紗緒ちゃんが言ったことぜ〜んぶ当たったよ!」
砂沙美は大げさに両手を広げながら、身振り手振りを交えて話している。
美紗緒は小さい体をさらに小さくするかのように、周りを気にしながら顔を赤らめる。
「でも・・・それよりも、砂沙美ちゃんの100点のが凄いよ。
 きっとパパさんもママさんも喜んでくれるよ」
「えっへへ〜今日はきっとスキヤキでお祝いだな☆
 あ、そうだ美紗緒ちゃんも是非来てね」
砂沙美はにっこり笑った。
美紗緒も笑ってこたえるが、こころの中でどうしても思い出せない「できごと」の事が気にかかっている。
それは、帰り道の周りの風景や様子を見ているとだんだんに強くなってくる。

「ねえ美紗緒ちゃん・・・やっぱりこの後の事って・・・思い出せない?」
「うん・・・ごめんね」
「謝らなくてもいいよ・・・でも、また何かのきっかけでいろいろ思い出すんじゃないかなぁ?
 そしたら、きっといろいろ「忘れちゃってること」も思い出すんじゃないかな?」
砂沙美の言葉が妙にこころに引っかかったような気がした。

・・・・忘れてる・・・私・・・・何を?・・・・

「でも砂沙美うらやましいなぁ・・・未来のことがわかるんだったら、また100点も取れると思うんだけどなあ」
「砂沙美ちゃん、ちゃんと勉強しないとダメだよ」
「あ、やっぱり?」
二人は笑った。

砂沙美は「予見」について興味を持ったのか、その後もいろいろと質問をぶつけていた。
しかし、美紗緒は思い出せない「できごと」の事で頭がいっぱいだった。

「・・・そぉかなぁ? 砂沙美は美紗緒ちゃん凄いと思うけどなぁ・・・」
「そんなこと無いよ・・・ホントただの偶然だよ」
いつもと同じ帰り道。
砂沙美は少し不満そうに話し、美紗緒は遠慮しがちな表情で笑う。
歩みを進めながら、くるっとまわって後ろ向きに歩きながら空を見上げる

「砂沙美、偶然とは思えないけどなあ」

「あ・・・」
砂沙美の仕草を見て、美紗緒が声を上げる。
その声を合図にするかのように、美紗緒には時間の流れがスローモーションになったように感じられた。
そして、フラッシュの光が輝くように映像が現れては消えてゆく・・・この後に起きる・・・・あの「できごと」を映し出すかのように・・・・。

力無く美紗緒の腕の中に横たわる砂沙美・・・泣き叫ぶ美紗緒・・・腕や体についた血・・・・波のように湧き出る恐怖・・・

今、この瞬間に美紗緒は「できごと」を思い出した。

「砂沙美ちゃん!!」
美紗緒が声を上げるが砂沙美には聞こえていないかのような素振りで、あの時と同じように空を見上げている。
美紗緒は今までにないほどの真剣な表情で砂沙美に駆け寄る。
たいした距離ではない・・・たいした時間ではない・・・しかし、この一瞬が・・・一日にも一年にも思えるほどの重みがあるように体は感じている。

・・・・もうちょっと・・・おねがい・・・・間に合って・・・・

「砂沙美もそんな風に・・・」
砂沙美が十字路に足を踏み入れる・・・。

その瞬間。


美紗緒の指が砂沙美の腕にかかる。
そして、そのまま腕をつかむと、力一杯砂沙美を引っ張り込んで抱き抱えた。
一瞬の空白・・・時も・・音も・・色も・・・何もかもが停止したように感じる。
抱きついた美紗緒の脚の力が抜け落ち、がくんとひざまづく。
すると、それを合図にするかのように時間が流れ出した。
十字路のぎりぎりに砂沙美は立っていた。
その後ろを車が走り抜けてゆく・・・。

「うわぁぁあ・・・どうしたの美紗緒ちゃん。
 いきなり腕引っ張ったら驚く・・・・・・美紗緒ちゃん?」
砂沙美がのぞき込むと、美紗緒は砂沙美の腰元に抱きついたまま涙を流していた。
「どうしたの?美紗緒ちゃん・・・どこか体の調子でも悪いの?」
砂沙美は驚いて美紗緒の体を抱きしめるように支える。
「どうしたの美紗緒ちゃん?大丈夫?」
「ううん・・・何でもないの・・なんでも・・ないの・・ただ・・お願い・・・少しの間だけ・・・」
「美紗緒ちゃん・・・」
美紗緒はそれだけこたえると、溢れる感情を抑えきれず、声を上げて泣き続けた。
砂沙美も美紗緒をやさしくだきしめたまま、それ以上何も言わなかった。

美紗緒は・・・・何か長い「輪」の様な流れを断ち切ったような気がしていた。
それが、美紗緒の最後の「でJaう゛」だった。

空も風も二人の少女を優しく包み込み、温かな日差しはこころまでも温めてくれるかのようだった。

おしまい♪